信濃川火焔街道連携協議会に加入

公開日 2017年05月18日

最終更新日 2020年11月06日

信濃川火焔街道連携協議会とは

信濃川火焔街道連携協議会は「火焔型土器(かえんがたどき)」に代表される“縄文”をキーワードに、信濃川流域の市町村が交流・連携をはかり、地域振興や広域観光を推進することを目的として、各市町村の遺跡や展示施設を拠点にしたハード・ソフト両面での有機的な連携により、地域内外へ、積極的に情報発信していきます。
また、火焔土器にとどまらず、共通の自然・文化による広域的な連携・交流を視野に入れ、官民で幅広く取り組むこととします。
長岡市・十日町市・津南町・中里村の2市1町1村によって平成14年8月に発足しました。市町村合併を経て、現在は長岡市・十日町市・津南町、そして、平成21~22年度に新潟市・三条市、平成29年4月に魚沼市が加入し、5市1町によって構成されています。

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日本遺産とは

「日本遺産(Japan Heritege)」は、地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを文化庁が認定するものです。ストーリーを語る上で欠かせない魅力溢れる有形や無形の様々な文化財群を、地域が主体となって総合的に整備・活用し、国内だけでなく海外へも戦略的に発信していくことにより、地域の活性化を図ることを目的としています。

文化庁は、平成28年4月、「日本遺産審査委員会」の審議を経て、全国の自治体から提案のあった67件の中から新に19件を「日本遺産(Japan Heritege)」に認定しました。その一つとして信濃川火焔街道連携協議会(新潟市・三条市・長岡市・十日町市・津南町)で申請したストーリー『「なんだ、コレは!」信濃川流域の火焔型土器と雪国の文化』が認定されました。
当市は協議会への加入手続を行い、平成29年度から加入することが承認されました。また、協議会で申請した日本遺産ストーリーに準じた構成文化財群を追加申請し、平成29年4月28日に追加認定されました。

「なんだ、コレは!」信濃川流域の火焔型土器と雪国の文化

日本一の大河・信濃川の流域は、8,000年前に気候が変わり、世界有数の雪国となった。
この雪国から5,000年前に誕生した「火焔型土器」は大仰な4つの突起があり、縄文土器を代表するものである。
火焔型土器の芸術性を発見した岡本太郎は、この土器を見て「なんだ、コレは!」と叫んだという。
火焔型土器を作った人々のムラは信濃川流域を中心としてあり、その規模と密集度は日本有数である。このムラの跡に佇めば、5,000年前と変わらぬ独特の景観を追体験できる。また、山・川・海の幸とその加工・保存の技術、アンギン、火焔型土器の技を継承するようなモノづくりなど、信濃川流域には縄文時代に起源をもつ文化が息づいている。
火焔型土器は日本文化の源流であり、浮世絵、歌舞伎と並ぶ日本文化そのものである。

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構成番号 文化財の名称 内容 写真
日本遺産構成文化財(魚沼市)
61 (くろ)(ひめ)洞窟(どうくつ)遺跡(いせき)同出土品(どうしゅつどひん)

世界最古級の土器を作り始めたころの洞窟遺跡。縄文時代草創期から弥生時代の人が暮らした痕跡が残る。そのほか県内最古のサケ科の骨が出土している。アスファルトが付着した弥生時代の矢じりが出土している。

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62 親柄上(おやがらうえ)()原遺跡(はらいせき)(どう)出土品(しゅつどひん)

信濃川支流魚野川流域(信濃川中流域)の縄文時代中期の集落跡。火焔型土器がほぼ完全な状態で残って出土している。

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63 布場上(ぬのばうえ)()原遺跡(はらいせき)(どう)出土品(しゅつどひん)

信濃川支流魚野川流域(信濃川中流域)の縄文時代中期~後期の大規模な集落跡。火焔型土器や火焔型土器文化に後続する栃倉式土器や大木系土器が出土している。

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64 正安寺(しょうあんじ)遺跡(いせき)(どう)出土品(しゅつどひん)

信濃川支流魚野川流域(信濃川中流域)の縄文時代中期~後期の大規模な集落跡。多数の円形住居跡や貯蔵穴が見つかっている。ほぼ完全な状態の火焔型土器・王冠型土器が出土している。

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65 (はら)()(だいら)遺跡(いせき)(どう)出土品(しゅつどひん)

信濃川支流魚野川流域(信濃川中流域)の縄文時代中期~後期の集落跡。多数の竪穴住居跡が環状に巡る縄文集落である。火焔型土器が完全な状態で残って出土している。

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66 (うお)野川(のがわ)

三国山脈を源とする全長66.7km信濃川流域の代表的な支流の1つである。川の作用により形成された段丘面に多くの縄文時代の遺跡(集落)が形成され、鮭漁をおこなった川である。

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67 権現(ごんげん)堂山(どうやま)(かみ)下権現(しもごんげん)堂山(どうやま)

古生層・火成岩からなる標高997mと896mの山で、南西の山裾に広がる段丘面には布場上ノ原遺跡をはじめとする多くの縄文遺跡が立地する。

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68 浅草(あさくさ)(だけ)

第四紀火山であり標高1586mの山で、越後三山国定公園に指定されている。浅草岳は、縄文時代のランドスケープのメルクマールであり、南麓には黒姫洞窟遺跡をはじめ縄文遺跡や洞穴・岩陰が分布する。

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69 守門(すもん)(だけ)

第四紀火山であり標高1537m、2百名山である。縄文時代のランドスケープのメルクマールであり、縄文時代の遺跡から出土する石器の素材となる石材の山でもあり、周辺の遺跡では、この山の石が石器として使われている。

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